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正しい強盗のやりかた 上野家ぱん駄
その男は、黒いタートルネックのセーターに、黒いズボン。左手にはやけに光る金ピカのロレックスの腕時計、右手には(これも本物かどうか怪しいものだけど)金のプラダのブレスレットをちゃらちゃらいわせていた。
その店は小さなカウンターだけのバーで、営業の太田の紹介で入ったことがあるというくらいで、特に常連と言うわけでもなかった。その日はなんとなく一人で酒を飲みたい気持ちになってふらりと入ってみただけだったのだが、薄暗いカウンターで飲んでいると、「よく来るのですか」などとその男が話しかけてきたのだった。成金風な身なりの割に意外といっては失礼だが、話題は豊富で、中国産の食品の問題は実はユダヤの財閥の陰謀だとか、自衛隊では明治以来、長州閥と薩摩や会津系との確執が続いているだとか、荒唐無稽だがその話は面白く、僕を飽きさせなかった。
勘定を済ませて、店を出るとその男も僕を追うようについてきて、にこにこ笑いながら話しかけてきた。
私の専門はね、犯罪に関してなんですよ。そう言うと変な顔されるのがオチなのであの店では黙ってたんですけどね。まああなたなら、かまわないかなって思ったんですよ。その男は僕の隣に並んで語り始めた。
あのね、日本で一番リスクがが高くて効率が悪いのは何だと思いますか?これが誘拐なんだね。まあ、イタリアやペルーなんかじゃ商売になってるけど、あれって企業みたいなものでしょ。完全分業でさ、仲間に入っても、誰を誘拐したのかもわからないし、末端なんて分け前も銀行振込なんだから、サラリーマンと変わらないわね。面白くも何ともないよ。
それに泣きわめく子供をなぐったり、耳をそいだり、指を切り落としたりするってのはやっぱり嫌なもんだよ。どばどば血が出るのを針金なんかで止血してさ、さっきまで元気にないていたのが隅でぐったりするようになると、かわいそうな気もするしね。でもそれが金を出させるのに一番きくんだからしょうがないといやあしょうがないんだけどね。あんまりやりたかぁないね。
やっぱ、強盗ですよ、奥が深いのは。結構リスクもあるんだけど、こう、襟をつかんで人気のないところに連れ込んでね。ええ、初めは100円しか持ってないといっていたのを最終的にはたんまり詰まった財布を差し出させたときの感触は一度やったらやめられないですわ。
強盗とね強盗殺人はぜんぜん違いますよ。強盗なら食らってもせいぜい10年、初めてなら執行猶予ってとこですが、殺人が頭につくとその2文字だけで死刑になるんですよ。なんか不公平だよね。
でもね絶対に殺さないかというとそうもいかないのが難しい。
東尾っていたでしょ?太平洋クラブライオンズのピッチャーだった、え?知らないの、東尾だよ。ああ太平洋クラブライオンズも知らないの、なるほど。いいピッチャーだったねえ。だから太平洋クラブライオンズの頃だってば、20勝を何度もしたんですよ。すごいコントロールでね。うん。子供がアメリカでへたくそなゴルファーやっている人さ。
彼の決め球は外角に沈んで逃げるスライダーなんだけど、かなり踏み込まなきゃ打てないんだよ。でね、東尾はそこで踏み込まれないように内角にシュートを投げるんだけど、またこのコントロールがすごいんだ、当たるか当たらないかのぎりぎりをこう、内側に曲がってくるんだ。うん、ところが、プロの打者は違うね、そのシュートのコントロールがよくって当たらないとわかると、どんどん踏み込んで外角のシュートを打つんだな。で、東尾は考える、どうしようかって。で、たまにね、そうたまにポーンと当てるんだよ、本人はわざとじゃないって言うんだけど、わざとに決まってるでしょ。だってさ外角のスライダーにタイミングの会っている打者にばかり手元が狂うなんてちょっとおかしいでしょ。
だから、そうなの、強盗もね、ナイフや拳銃をちらつかしても絶対殺さないってわかったら金なんて出さないでしょ、だからねやっぱりたまには殺しちゃうのよ。うん、だから、もし強盗に会ったらともかく有り金全部出すのが一番だと思うな。
で、あんたは財布の中にいくら持ってんの?
そう言ってその男は僕の手首をギュと握った。
※一部に書籍と異なる部分があり、修正しました。2009.7.28
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